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案外知らないメダカのルーツ。生命力にビックリ!
- メダカの育て方
一大ブームにもなり愛好家も増え続けているメダカ。
しかし、そんなメダカのルーツについてまでは知られていないことも多いと思います。
そこで今回は、メダカはどこからきて、いつ日本で発見されたのかなどをお話ししていこうと思います。
知ることでメダカに対する愛着が増すかもしれませんね。
では、早速お読みください。
メダカはどこで産まれたの?
メダカの故郷は九州北部、山陰但馬丹後地方といわれています。
しかし祖先は約7400万年前にインドで誕生したと伝えられ、恐竜時代から生存していたことになります。
恐竜が絶滅した後も生き抜いたメダカの祖先には、小さい体に絶大な生命力が備わっていたということになりますよね。
メダカは日本固有種?
日本各地の小川や水田などで見かけられる小さな魚を「日本メダカ」として世界に紹介したのはシーボルトと伝えられています。
1823年にシーボルトにより「日本メダカ」は紹介され、1846年にC・Jテミンク.H・シュゲールによって学術書に記載され多くに人に知られるようになったそうです。
昔からメダカは人気があった?
江戸時代にはすでにメダカの品種改良が行われていたことが記録に残っており、メダカは日本の自然や文化に深く関わってきた魚だということがわかります。。
品種改良により種類や個体の色に変化を楽しむことができ各地での人気の高かったダカですが、江戸時代の中期には金魚ブームに押されメダカの人気が低迷してしまった時期もありました。
それというのも小川や田んぼにメダカは沢山おり、誰でも飼うことができるため興味を失われたのでした。
メダカにも受難な時代が
メダカが観賞用でなく食料扱いされていたこともあったのです。
戦中戦後の食糧難の時は、小さくても魚ということで貴重なたんぱく源として食べられていたこともあるそうです。
また、大型の熱帯魚などの餌として扱われていたこともあったと聞きます。
なぜメダカと名がついた?名前の由来は?
メダカの目は顔の高い位置についており、水面に上がってきたときなど目の方が高く見えることから目高(めだか)と呼ばれ始めとも。
また、現在では品種改良され色々な色彩を持ったメダカも多いですが、元々のメダカは銀色に近い灰色でした。
その灰色の体に、太陽の光が当たるとキラキラと輝き、その輝きが目立つことから眼高(目だか)と呼ばれるようになり、やがてメダカという名前になったという説もあります。
まとめ
メダカの祖先は太古の昔から存在し、日本でも江戸時代には庶民からの人気もあり各地で観賞魚として飼育されていたそうです。
そんなメダカも食料となったり餌に利用されたりと色々な時代を経て、現在に至っているのです。
品種改良され、種類も現在では550品種を超えると聞きます。
メダカは恐竜のいた時代の祖先から、現在また一大ブームになるほどの生命力と魅力には驚かされます。
私たちの先祖もメダカを愛でていたなんて考えると増々愛着がわいてきますよね。